兵庫県神崎郡市川町、上田中(うえだなか)。
三百年の獅子舞が、一度は途絶え、若者の手でよみがえった村。
お諏訪さんの秋が、いちばん熱い村です。
上田中は西川辺の南、小畑川と岡部川にはさまれた地に開けた村です。中世は「田中庄」の地——西田中・北田中とともに、田のまんなかの村としてひとまとまりの歴史を歩んできました。読みは「うえだなか」。「かみたなか」ではありません。
村の鎮守・諏訪神社には、長い旅の由緒が伝わっています。もとは山崎(いまの福崎町)の杉谷に鎮座していましたが、元亨年間(1321〜23年)の大洪水で市川の流れが変わり、北田中の字神田へ遷座。延宝年間(1673〜81年)になって、現在の上田中の地へ再び遷ってきました。姫路藩主・酒井家の崇敬はことのほか篤く、毎年の例祭には姫路惣社から能楽師が遣わされ、拝殿で能楽が奉納されたと伝えられています。
上田中の獅子舞は、三百年以上前から諏訪神社に奉納されてきました。仕草の荒い、勇壮な雄獅子の舞です。しかし昭和40年代、舞は途絶えます。およそ二十年の沈黙ののち、平成のはじめ、村の若者たちが復活を呼びかけ、「上田中神楽保存会」が生まれました。演目は「やしま」「洞がえり」「橋弁慶」「扇の舞」「歌の舞」の五つ。いまは小学生も獅子方に加わり、毎年10月、体育の日の前日の日曜に舞が奉納されます。
明治22年(1889年)、上田中は川辺村の一部となり、昭和30年(1955年)から市川町の大字になりました。村には曹洞宗の永勝寺があり、秋には上田中の屋台も川辺の村々と練り合わせます。よみがえった獅子とともに、村の秋は続いています。